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研究内容

 当研究室では, 運動あるいは加齢や肥満が身体機能に及ぼす影響とその分子メカニズムを解明することを目的とした研究活動を行っています. 生活習慣病などの疾患の予防と治療に運動が有効であることが知られているが, 効果的な運動療法を実践するためには加齢や肥満, 身体不活動が骨格筋や脂肪組織などの組織・臓器にどのような構造的・代謝的な変化を生じさせるのか, また運動トレーニングが骨格筋などの身体機能にどのような適応を生じさせるのかを解明することが重要である. 当研究室では, 分子生物学的アプローチにより, 運動が身体機能の変化に及ぼす影響とその分子メカニズムの解明を試みています.

当研究室では主に以下のテーマについて研究を進めています。

研究テーマ

1)運動による骨格筋の適応に関する研究

 骨格筋は可逆性に富んだ組織であり骨格筋は損傷や修復・再生などの形態的な変化が観察される. 骨格筋は伸張性筋収縮を伴うレジスタンス運動や長時間の持久的運動によって損傷するが, 損傷後早期には筋サテライト細胞が増殖・分化することで修復・再生される. 骨格筋の損傷や修復・再生過程においては炎症応答が関与し, マクロファージや好中球などの免疫細胞による損傷部位への浸潤が損傷および修復を制御することが, 薬剤を用いた筋損傷モデルにより検証されている. 我々は, 長時間の持久的運動による筋損傷モデルを用いて, 免疫細胞が筋損傷に及ぼす役割について検討し, 好中球やマクロファージなどの免疫細胞は運動によって誘発さ

れる骨格筋の損傷と炎症応答に主要な役割を果たすことを見出した

(Biochem Biophys Rep. 2015, Med Sci Sports Exerc. 2016).

 現在は, 免疫細胞の役割に着目して, 筋再生などの運動適応現象

分子メカニズムについての解明を進めている.

2)骨格筋の萎縮に関する研究

 加齢や不活動, がん悪液質に伴い骨格筋量が減少するが, 骨格筋の萎縮が過度に進展すると自立性の損失などにより生活の質が著しく低下する. これらの病的な筋萎縮に対する治療法としては薬物, 運動あるいは栄養が重要視されているが, 効果的な治療法の開発を目的として筋萎縮の分子メカニズムの解明が求められている.

 筋萎縮で共通して認められる現象は, ユビキチンプロテアソーム経路やオートファジー経路を介した筋タンパク質の分解亢進である. 免疫細胞から主に分泌される炎症性サイトカインや活性酸素種は筋タンパク質分解に関連する経路の活性を促進することから, 骨格筋局所での慢性炎症や酸化ストレスは筋萎縮の発症・進展の調節因子として重要な役割を担うこと示唆される. 我々は, 加齢性筋萎縮モデルやギプス固定による不活動性筋萎縮モデルを用いた検証により骨格筋局所では炎症細胞の浸潤と炎症が増大することを見出した(Muscle Nerve. 2018, Muscle Nerve. 2020).

 現在は, DNAの化学修飾などのエピジェネティクス制御機構に着眼して, 骨格筋萎縮の分子メカニズムについての解明を進めている.

3)アスリートパラドックスと脂質メディエーターに関する研究

 肥満は骨格筋への異所性脂肪の過剰な蓄積を引き起こすが, 肥満患者では骨格筋内の脂肪蓄積量とインスリン感受性が負の相関を示す. 一方で, 持久的アスリートにおいては骨格筋への顕著な脂肪蓄積が観察されるにもかかわらず, インスリン感受性が高い状態で維持される「アスリートパラドックス」と呼ばれる現象が観察されるが, この現象のメカニズムは未だ不明である. 脂質は生理作用を有するメディエーターとしての役割が注目されており, 脂質分子は構造や保持する脂肪酸の違いにより生体内には多様な分子種が存在しており, その生理機能が異なる. したがって, これまでの研究では脂質の「量」の変動に注目されてきたが, 「質」の違いに着眼して生理学的意義を検証する研究が求められている. 我々は, 運動あるいは高脂肪食餌負荷を受けたマウス骨格筋を比較対象とした脂質の網羅的差異解析(リピドミクス)により, 特定の脂質分子種の量が二群間で異なることを見出した(Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2018). 

 現在は, 生体内に微量に存在する脂質メディエーターの病態生理的役割の検証を進めている。

4)運動による脂肪組織の熱産生機能向上に関する研究

 運動はエネルギー消費量を増大させることで肥満の予防あるいは改善の効果が期待されているが, 適切な運動療法を実施する上でも分子機序の解明が求められている. 褐色脂肪組織は熱産生を介して安静時のエネルギー消費を増大させる効果を有するが, 白色脂肪組織にも熱産生を介してエネルギー消費を増大させる作用を持つベージュ脂肪細胞と呼ばれる脂肪細胞が存在する. 重要なことに, 寒冷暴露や肥満によるベージュ脂肪細胞の増殖・分化あるいは熱産生機能の変動は脂肪組織に局在する免疫細胞によって制御されることが近年解明された. 運動トレーニングは脂肪組織での熱産生機能の向上を惹起するが, その制御機構は不明瞭な点が数多く残されている.

 現在は, 免疫系の役割に着眼して, 運動トレーニングによる脂肪組織の熱産生機能の向上効

果とその分子メカニズムの解明を進めている. また, 脂肪細胞のミトコンドリアダイナミクス

(融合と分裂)が熱産生を制御することから, 免疫系とミトコンドリア代謝機能の関連について

の検証も進めている. さらに, RNAの化学修飾による褐色脂肪組織の機能制御についても検証

を進めている。

 

5)運動や栄養によるメタボリックシンドロームの予防改善効果とそのメカニズムに関する研究

 糖尿病や非アルコール脂肪性肝炎(NASH)などのメタボリックシンドロームの発症基盤として, 脂肪組織や肝臓などの組織局所での慢性炎症が関与する. 肥満や加齢に伴い脂肪組織や肝臓にはマクロファージや好中球, T細胞などの炎症を促進する免疫細胞の浸潤増大や組織線維化などの組織リモデリングが観察される. 我々は肥満やNASHモデルマウスを用いた検証により, 運動トレーニングが脂肪組織や肝臓の線維化などの病態所見を顕著に改善することを見出した(Brain Behav Immun. 2012, Biochem Biophys Res Commun. 2013). また, フローサイトメトリー法などの細胞機能解析法を用いて, これらの現象には脂肪組織のマクロファージや好中球などの炎症細胞の浸潤の抑制が関与することを見出してきた(Med Sci Sports Exerc. 2013, Physiol Rep. 2015).

 現在は、腸内細菌と腸管バリア機能による炎症制御機構に着眼して, 運動や栄養によるメタボリックシンドローム改善の分子メカニズムについての解明を進めている。

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